2010年08月26日

No.791 『創発性と自由』

   ただ容器に入れられて運ばれているだけなら、つまり翼や機体を自ら操る創発的な 「能う」 の感覚がなければ、空を飛ぶ 「自由」 の感覚はわがものとなりません。目的に近づく道すじが、内的な判断の連鎖において可能性の諸条件の度合いを高めてゆくのでなければ、ゲームにおける 「自由」 の感覚はやってこない。 「自由」 の感覚の度合いは、可能性の条件を私の 「能う」 (身体的、精神的な能力) が克服してゆくその連続によって支えられているので、自動的に事態が展開してゆくときにはどのような成功も 「自由」 の感覚をもたらしません
竹田青嗣 『現象学は《思考の原理》である』





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posted by Vigorous at 20:00| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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