2010年08月04日

No.767 『恥ずかしさの感情について』

   私は今でも深い呵責の念で、自分が約束のディナーを忘れた時のことを思い出す。 自分で晩飯を食べ終わった途端、私はその約束を思い出して慌てて駆けつけたが、遅刻して口にした二度目のディナーは、苦痛に満ちた拷問であった。 殺人を犯した人間は自分の犯罪が発覚しない確信がある限りは、決して後悔をしないが、それが明るみに出そうになる途端にあんな行為をしなければよかった、と思い始める。 この点では殺人者の後悔と、内気な人々の感ずる社交でのしくじりの屈辱感とは、程度の違いこそあれ内容上の差異はまったくない、と考えられる。 つまりどちらの場合にもわれわれは、「やり直しが可能でさえあれば、私はまったく別の行動ができるのに」と心中で感じ、もっと賢明な振る舞いについての空想をそれと結びつける結果、それは容易に人間の記憶をまったく間違ったものに仕立てる傾向をもつ。 後悔は本質的に社会的な現象である。 つまり、われわれが自分の過去の出来事が原因で、もはや他人一般に、自分のことをこう眺めてもらいたいと思う自己への好都合な評価を強制しなくなったときに、この感情は発生する。 もちろんこの場合、その社会的非難がもとづく価値判断をわれわれ自身が受け入れていることが前提であり、そうでない場合にはわれわれの反応は立腹と自己主張という、まったく別な形式を取る。 
B.Russell 『人生についての断章』 (部分抜粋) 転用者は必ず原典を確認のこと!





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posted by Vigorous at 19:44| 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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