2010年07月20日

No.753 『欲望と 「世界」 』

   われわれが普段もっている一般的な 「存在」 の概念を列挙してみよう。 

  (1)世界の内で存在する諸対象の一切。 太陽系、地球、陸地、生き物、人間、森林、海、砂漠、その他自然物、町、建造物、生活用具、等々。 
  (2)学問領域の世界、趣味の世界、子どもの世界、物語の世界等々。 
  (3) 「公共的世界」 、身近な 「環境世界」 つまり、人間にとっての 「社会的関係の世界」 と 「身の回りの世界」 。 
  (4)存在論的・実存論的概念→ 「世界」 の現存性にとっての 「存在本質」。 

  (1)はいわゆる 「客観世界」 を意味します。 ふつうわれわれがものごとを考えるとき、この 「客観世界」 の存在を大前提としてあらゆることを考える。 しかし、現象学の思考法では、客観世界とは、多くの主体の 「世界」 が関係しあって 「間主観的」 に構成された (つまり共有された) 世界総体についての確信像です。 
  学問の世界とは、学者たちが作りあげつつ共有している 「世界」 のことですし、趣味の世界 (たとえば、盆栽の世界、釣りの世界等々) は愛好者たちが共有している彼ら固有の 「世界」 のことです。 これは 「世界」 ということばが、 「誰それにとっての、また彼らに共有された固有の世界」 という意味を内在させていることをよく示します。 つまり 「世界」 という概念は、基礎的には、誰それ 「にとって」 固有なものとして生きられている特定の意味と価値の秩序の領域、という意味を持っているわけです。 
  「世界」 は、必ず 「欲望=身体」 としての 「主体」 の相関者として現れる 「世界」 です。 ある種のダニは、視覚 (光を感じる) 、嗅覚、そして温感だけをその感覚器官として持っている。 このダニにとって生存に必要なのは、獣の毛皮の奥深くに隠れていること、その皮膚の温度を感じ取ること、そして血の臭いを感知することです。 それ以外の感覚はむしろ生存に不必要なのです。 このダニはそれ自身の固有の 「世界」 をもっているが、それはたとえば人間や魚類などの 「世界」 とはまったく異なった 「世界」 です。 ひとことで言って、生き物の 「世界」 は、その欲望=身体に相関した 「世界」 として生成され、 「欲望=身体」 の基本構造が異なれば、その 「世界」 に共通性を見出すことはできません。 逆に言えば、生き物はその 「欲望=身体」 に共通性、類似性、連関性があるかぎりで、 「世界」 を共有するわけです。 
竹田青嗣 『現象学は《思考の原理》である』





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posted by Vigorous at 22:03| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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