2010年06月01日

No.710 『繁栄と公共支出』

   個人支出と公共支出の間には、一つの明白な区別がある。 個人が支出する金は彼の手許から失われるが、社会からは失われない。 私が靴を一足買えば、それだけ私は貧乏になるが靴屋は金持ちになる。 国家公共の支出は、市民に対してなされるから、国は必ずしもそれだけ貧乏になるとかぎらない。 社会が富むか貧しくなるかは、ひとえにその支出の種類と、その資金調達のための課税の方式と、そして一般的経済状況に依存するだろう。 もしも国家が課税で調達した金を支出するならば、国家は納税者のポケットから金を引出して、その支出先の人間のポケットへ移すことになる。 この支出は実際に、一つの投資でありうる。 これほど自明な理由づけがない場合でも、公共支出は結局のところ、社会に利益をもたらすことだろう。 失業が一般化している時期には、この種の公共支出によって、それがなければ飯の食えぬ大勢の労働者が賃金を受け取る。 彼らは自己の賃金を消費して、彼らが買う品物への需要を高めるし、それは生活必需品の生産者たちの繁栄回復の一助となろう。 これらの生産者たちは今度は自分の増大した利潤の一部分を、たぶん一層高額の賃金へと振り向け、実際にも彼らは一層多くの労働者を雇用するだろう。 この過程に歯止めを掛けるのは困難だから、繁栄は一層広い範囲に波及していこう。 
今日のような不景気の時代には、窮めて多くの失業者が存在し、私的資本が新規な投資を警戒しているゆえに、賢明に運営されさえすれば、公共支出が有益であることは大抵い間違いないと私は思う。 希望に満ちた雰囲気が醸成されるゆえに、このことは一層たしかである。 衆知のように、不景気は大抵の場合心理的なものであるゆえに、あまねく有益と信ぜられている物事からは、現在の利益が生み出される余地が充分ある。 
B.Russell 『人生についての断章』 (部分抜粋) 転用者は必ず原典を確認のこと!





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posted by Vigorous at 22:44| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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