2010年04月29日

No.684 『他者』

   他者こそは、喜びと感動の源泉である。 つまり、他者は、人間のほとんどの幸福の源泉である。 他者がいなければ、人は、メリハリの利いた喜びや幸福を感じることはないだろう。 しかし他方で、他者は、人間にとっての不幸と制約の、ほとんどの形態の源泉でもある。 サルトルが述べたように、他者とは地獄である。 つまり、人間にとって、幸福も不幸も、主として他者に由来する。 前者は、友としての他者、愛の対象としての他者である。 後者は、 (潜在的な) 敵としての他者、敵となりうる他者であり、極端な場合には、憎悪の対象としての他者である。 (中略) 愛の対象としての他者の範囲は、一般には、非常に小さい。 このような他者は、ときには、たった一人である。 それは、他者としての他者である。 つまり他者が、まさに他者として、他なる自由な主体として生きているということ、そのことが、すでに私にとっては十分な歓びや幸福の原因となりうるのだ。 このような他者の対極には、その他者の能力が発揮しうる機能のゆえに必要とされる他者がいる。 たとえば、われわれの生活は、国内外の工場労働者や農民がいなくては立ち行かない。 この種の他者は、他者としての他者ではない。 市場での競争を思えば理解できるように、機能として必要としている他者との関係は、相克的であり、それゆえ、そのような他者は、私にとっては制約の原因でもある。 機能としての他者の広がりは、常に社会を全域的に覆う。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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posted by Vigorous at 11:15| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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