2010年04月15日

No.678 『客観世界と認識』

   客観世界があらかじめ実在するという考えは、一般的にはなんら不都合なものではありませんが、認識の可能性の問題、認識の普遍性を確保するという課題からは、原理的に不都合な (というより不可能な) 思考の順序です。 われわれの 「認識」 は、原理的にいって、真理に到達するといったものではなく、世界了解の共有化というプロセスのうちにあるものです。 そこに普遍性という概念の内実があるのであって、客観世界をはじめに前提する思考では、客観世界の意味を捉えることができません。 
竹田青嗣 『現象学は《思考の原理》である』





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posted by Vigorous at 22:36| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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