2010年03月27日

No.665 『情緒の予知』

   我々が、ある日ある時刻の列車に乗ろうと決心する場合には、特別の事故が発生しないかぎり、それはもちろん可能である。 しかし、もしもわれわれがある予定の時刻に、ある特定の情緒を味わおうと心に決める場合、十中八九その計画は失敗するだろう。 たとえば、諸君は心中で「来週の土曜日の午後六時二十三分に、私はグレーの『哀歌』の美で圧倒されるはずである」と決めても、その時期になって、諸君はこの詩を読んで退屈するかもしれない。 その場合はどれほど意志を働かせても、自分の気持ちを変えることは不可能である。 結婚に際して新郎新婦は、今後末永く互いに愛し合うことが「義務」だと教えられるが、所詮愛情は一つの情緒であって、意志の働きに服する余地はなく、したがって義務の部類には入りえない。 思慮深い振る舞いは、義務に属すると言えても、愛は天与の資質である。 この感情が消滅する時、それを喪失した人を憐れむのはよいが、非難することは筋違いである。 情緒の恒常性と予期可能は往々にして不幸の、少なくとも偽善の原因であることが多い。 ことに若者を相手にする場合、最も大切なことは、われわれが決して特定の情緒を彼らの要求しないことである。 諸君の子供が平生諸君になついているならば、諸君が旅行を終えて家に帰ったときは、通例自発的な喜びを表現するだろう。 ただ時として、だれかに子犬をもらったところだとか、たまたまパズルに夢中だったかの事情で、彼らが諸君の帰宅に対して、まったく無関心な場合も起こりえよう。 もしも諸君がこの状況下で情緒の表明を彼らに要求するならば、諸君は彼らに偽善的ごまかしを教えることになる。 
B.Russell 『人生についての断章』 (部分抜粋) 転用者は必ず原典を確認のこと!





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posted by Vigorous at 10:31| 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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