2010年03月07日

No.652 『イスラムの寛容の容量限界』

   イスラム帝国で共生の特権が与えられていたのは、啓典の民 (キリスト教徒・ユダヤ教徒) である。 彼らが許容されたのは、彼らが、イスラム教とルーツを共有する、同じタイプの一神教を奉じていたからである。 寛容は、仏教徒やヒンズー教徒には及ばない。 イスラム帝国にあったのは、共通性を根拠にした寛容である。 連帯が共通性/同一性を条件にしているのだとすれば、その容量には限界がある。 それは、われわれが求める解決ではない。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





検索用kwd:◆
posted by Vigorous at 16:33| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ



注意
◆ このブログの内容は引用が中心ですが、知識の切り売りを目的としたものではなく、投稿者の備忘録として作成されています。皆さんは、ここに書かれた引用のみで満足することなく、なるべく原典に触れる習慣をつけてください。
◆ このブログでは、投稿者が独自に調査したデータや、知人から伝え聞いたエピソードなどが掲載されることがありますが、そのまま受け売りにせず、皆さん自身が事実関係を調査し、記事の真偽を見極めることができるように努力してください。
◆ ここは金言や名言を羅列することを目的にしたサイトではありません。どんな金言や名言も、羅列したとたんにただの展示物になってしまいます。長い引用も短い引用も、じっくり噛み締めて味わい、あなたの財産にしてください。アーカイブも一度にすべて読むのではなく、毎日少しずつ読むようにすると良いでしょう。



QRコード

リンク集
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。