2010年02月22日

No.643 『国家と暴力』

   近代社会の根本理念を普遍ルールと考える限り、まず必要なのは、暴力の公的制御ということである。 これは一般的には、実力を人民権力に集め (警察・軍) 、社会内の暴力をシビリアンコントロールすることだ。 
  国家は暴力を (あるいはその独占を) 起源とするから決して正当化されえない、というテーゼは、現在思想の国家批判において、依然として最大の論拠の一つとして生きており、その亜種は今もおびただしく流通している。 だが、もちろんこのような批判は無効である。 近代国家でもそれ以前の国家でも、暴力 (実力) を統治権力成立の起源としないような場合はほとんど存在しない。 暴力によって開始された 「法」 や 「統治」 は正当性をもたない、といったロマンティックな 「正当性」論からは、政治の原理は現れえない。 
竹田青嗣 『人間の未来』





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posted by Vigorous at 21:53| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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