2010年02月04日

No.628 『自分自身からの排除』

   期待や願望、それに向けた努力を挫かれ、どこにも受け入れられない経験を繰り返していれば、自分の腑甲斐なさと社会への憤怒が自らのうちに沈殿し、やがては暴発する。精神状態の破綻を避けようとすれば、その感情をコントロールしなければならず、そのためには周囲 (社会) と折り合いをつけなければならない。しかし社会は自分を受け入れようとしないのだから、その折り合いのつけ方は一方的なものとなる。その結果が自殺であり、また何もかも諦めた生を生きることだ。生きることと希望、願望は本来両立すべきなのに、両者が対立し、希望・願望を破棄することでようやく生きることが可能となるような状態。これを私は 「自分自身からの排除」 と名付けた
  世の中が大変なことになっている。セーフティネットが機能していない。こうした現状については理解できる人でも、 「自分自身からの排除」 については、なかなか想像が及ばない場合が多い。 「そんなふうに考えなくてもいいじゃないか」 と、どうしても問題を個人のものとして見てしまい、 「自分は絶対そうはならない」 と言って切り捨ててしまう。
  誰かが彼らに 「死ね」 と言ったわけではないだろう。しかし、彼らが社会から受け取るメッセージはそれだった。働いても食べていけない。あるいは働けないという中で、それでも第二、第三のネット (社会保険・公的扶助) から排除される、あるいは負担増によってより一層生活が圧迫される、という状況に取り囲まれれば、そこから 「死」 のメッセージを受け取ることは以外ではない。
  「どんな理由があろうと自殺はよくない」 「生きていればそのうちいいことがある。」 と人は言う。しかし、 「そのうちいいことがある」 などとどうしても思えなくなったからこそ、人々は困難な自死を選択したのであり、そのことを考えなければ、たとえ何万回そのように唱えても無意味である。
  大量の自殺の背後には、一部ではあれ確実に、 「自分自身からの排除」 がある。そしてそれは、四つの排除を受けた結果として生まれている。犯罪や児童虐待にも、共通することだが、自殺もまた貧困問題と密接に結びついている。
湯浅誠 『反貧困』





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posted by Vigorous at 20:48| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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