2010年02月02日

No.626 『集合関係的ルールゲームと分析哲学』

   ゲームのシステム (構造) は、大きく二つに区分できます。 
  一つは、 「機能的ゲーム」 のシステムで、厳密なルールとルールの判定基準と特定の目的 (ゴール) をもち、それによってゲームの諸プロセスの手段性や有効性が明確に規定されるようなゲームです。 オセロやチェスゲームなど、制度化された人為的ゲーム一般にあてはまります。 
  これに対して、もう一つは 「集合的関係ゲーム」 と呼べるもので、ここではゲームのゆるやかな規則はありますが、人為的な厳密な規定性がなく、またゲームの目的も個々のプレーヤーによって分散されて多様性をもちます。 「言語」 やそれによって形成される 「社会」 がそういう集合的関係のゲームです。 家族、友人関係、村、その他さまざまな文化共同体なども、これにあたります。 
  集合的関係ゲームでは、ルールが固定的でなく、つねに自分のルールを刷新し続けるような構造になっている。 またこのルールは自覚的な部分と無自覚な部分を含んでおり、ゲームの目的も一義的ではなくプレーヤーの多様な自己設定に委ねられている要素が大きい。 人間の社会的関係は総じてこのような 「集合関係的ゲーム」 をなしており、そのためこれを 「機能的ゲーム」 のように厳密に分析することはできないし、またそのことに大きな意味がないのです。 言語というゲームのシステムは、本質的に 「社会的事実」 であり、それ自身 「関係的ゲーム」 のシステムです。 だから、ひとくちに 「使用」 や 「用法」 と言っても科学や物理法則のような一義的な共通了解は成立しない。 だから、現代の分析哲学は、言語規則を形式論理的においつめることでさまざまな解けないパラドクスにぶつかります。 
竹田青嗣 『現象学は《思考の原理》である』





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posted by Vigorous at 20:50| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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