2010年01月26日

No.620 『文化包丁と伝家の宝刀』

   日本では、さまざまな分野について法が精密に作られていますが、それが実際に適用されることはほとんどなく、法は象徴的に存在しているだけで、実際に社会内で起きたトラブルを解決するのは、慣行や話し合いなど法令や司法以外の様々な問題解決手段でした。 普通の人が普通に起こすトラブルではなく、滅多に起きないような特殊な問題を解決するために出てくるのが司法で、そこで使われるのが法令でした。 ようするに、日本では、法令というのは社会の中心部ではなく、周辺部分でしか機能してこなかったのです。 
  アメリカでは、法令が市民にも身近なものとして経済社会の中で機能しており、多様性や変化に対応して法令を社会の実態に適合させていくためのシステムが作られています。 ところが、日本では、これまで、社会の周辺部でしか機能してこなかった法令は、市民にとって身近なものではなく、社会の実態とズレることが多かったのです。 しかし、ズレていても、もともと法令と関わり合いになることが少なく、ごく稀に特別なことが起きて法令と関わり合いになることがあっても、そのときだけ、 「遵守する。 そのまま守る」 という対応をしていればよかったのです。 
  こうした日本とアメリカの社会での人間と法令の関係の違いを刃物にたとえるならば、アメリカにおける法令は 「文化包丁」 のようなものだといえるでしょう。 日頃から研いで手入れをして、いざというときにすぐに取り出して使いこなすのです。 一方、日本は神棚に祭った 「伝家の宝刀」 のようなものです。 伝家の宝刀は物を切るために使いません。 神棚の中に存在していることに意味があるわけです。 取り出して使うのではなく、そのまま拝み崇め奉るのです。 それと同様に、法令に対する日本人の姿勢は、 「何も考えないで、そのまま守る」 というものです。 滅多に関わり合いにならないので、ごくたまに関わり合いになるときには、拝んで、そのまま守っていれば、通り過ぎていってくれる。 
郷原信郎 『思考停止社会』





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posted by Vigorous at 20:37| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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