2010年01月07日

No.604 『共同体どうしの駆け引き』

   最近、9.11テロやイラク戦争などを契機に、アメリカの政治はクリントン政権が保っていた中道リベラルが交替し、共和党ではネオコンなどに象徴される 「超保守」 的主張が主流となり、一方、これへの反動としてリベラルのほうは左翼色を強めているといわれています。 こういう状態が強くなるほど、一般意志を適切に取り出しそれができるだけ政治過程や政治決定に表現されるようにという政治議論におけるもっとも本質的な努力はどっかに飛んでしまう。 さまざまな議論は、自派の主張をいかに効果的に補強するかという信念補強の技術となり、いかに相手を苦境に追い込むかといういわゆる政治的かけひきの技術となります。 これは現在多くの場面で見られる光景です。 それはちょうど現在の裁判所で行われる 「検事」 と 「弁護人」 の議論に酷似してくる。 双方ができるだけ極端に自分の立場を補強するために弁論し、そのことで綱を引き合って結論がこちらに有利になるような努力が行われます。 結果、そこで言われていることで妥当なことは何ひとつないという状態になるのです。 
  さまざまな立場の人間が自由な個人として意見を提出し、そこから広範な普遍性を取り出すようなフェアな言説ゲームは成立せず、ただ言説の共同体どうしの 「勝つか負けるか」 の対立があるだけです。 この対立はそのままで放置されると、結局利害の大きな 「共同体」 どうしの対立という性格を帯び、片方の 「共同体」 の利害だけが政治的に表現され続けるという事態をもたらす。 
竹田青嗣 『現象学は《思考の原理》である』





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posted by Vigorous at 22:17| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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