2010年01月03日

No.600 『柄谷のマクベス論』

   柄谷行人さんは、 「マクベス論」 で、なぜマクベスがこういう人物なのかと、問いすすめるんです。 それは、マクベスが一切の意味を拒絶しているからだ、というのが、柄谷さんの考えです。 
  マクベスはもう 「人間は不条理だ」 というような意味のことすら言わない。 なぜかと言えば、人生が不条理であるとか、世界が不条理だというふうに見えるのは、世界とか人生に意味があるはずだけれども、それが欠けているように見えるということです。 つまり、不条理に見えるのは、人生や世界に意味があるはずだと思っているからです。 不条理だという感覚は、世界が有意味であるというオプティミズムを前提にしている。 しかし、人生が不条理だとか、世界が不条理だということすら言わないマクベスは、そういうことを言う者よりも、さらに徹底して、人生や世界の意味を拒絶していることになる。 柄谷さんは、そういうふうに読み解くわけです。 
大澤真幸 『戦後の思想空間』





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posted by Vigorous at 17:35| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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