2009年11月26日

No.573 『「善き社会への理想的推論」を超えて』

   世の中の矛盾が強く感じられるとき、人はどうしても、 
「世の中は悪い」

「権力者や強者がいる」

「彼らは欲望に負けている」

「悪や欲望に負けるな、正しい人間になろう」

「人間が正しくなれば、良い世の中が実現する」
といった順序で考える。 これは古くからある善悪についての推論で、カントの 「人間の自由=善」 という考え方も、典型的にそうなっている。 
  ヘーゲルはこの典型的な 「善き社会への理想的推論」 を解体しようとした。 すべての人が 「善きこと」 を目指して生きる社会とは、万人が唯一の理想的状態に向かうような社会であり、結局それは、人間の精神の自由という本質がまったく無視される無内容な社会になってしまう。 正しい答えは、万人が 「正しい人」 になることを目指す社会ではなく、万人が自分の望む生き方を求めることができ、しかもそのことが互いの幸福の追求を侵しあわず、むしろ相互にその追求を支えあうことができるような社会の仕組みを考えることだ。 そうヘーゲルは考えた。 つまり彼は、 「自己への配慮」 を端的に否定するのではなく、各人の 「自由」 の追求が相互的な関係の快さへと展開しうるような社会のありかたの原理を考えようとしたのだ。 
  たしかに自己中心性はよくない。 しかし自己中心性をすべて否定すると、結局人間の本性それ自体を否定することにゆきつく。 自己中性を前提とし、これをうまく鍛えてゆくことで、 「善きもの」 へと作り直すことができるはずだ。 これがヘーゲルの 「自己意識の自由」 の思想のエッセンスである。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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posted by Vigorous at 21:22| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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