2009年11月16日

No.565 『個−種−類』

   田辺元という人は、哲学というのは全部、推論的なものであると考える。 推論とは、概念による媒介です。 だから、媒介されていない直接的なもの、判断に先立つ直感的なものは哲学的な認識にはなりえない。 論理は、いかなる直接的なものをも否定する 「絶対媒介」 でなくてはならない、ということになるわけです。 
  どんな論理でも、媒介できない直接的なものを何か前提にせざるをえない。 そういう意味では、直接的なものを完全に消去できない。 しかし、その直接的なものでさえも、媒介そのもの (自己) を否定して、つまり媒介できないものという形の媒介の否定を通じて確認するほかないわけです。 それは、ヘーゲルの論理学と対照させるとわかりやすい。 
  ヘーゲルの論理学では、必ず、 「個−種−類」 というあるいは、 「個別性−特殊性-普遍性」 という三個一組のセットを再帰的に適用することで展開していくんです。 この中で、種こそが、媒介的な位置にある。 田辺の考えに従えば、内容がある、有意味な判断になりうるのは、媒介的な位置にある、種の特殊性のレベルだけだということになります。 直接に個を把握することもできないし、いきなり類の普遍性のレベルに達することもできず、常に種の特殊性のレベルを媒介にするしかない、というわけです。 これが田辺の種の論理の骨格となるロジックです。 
  これだけでは、抽象的な論理学に過ぎず、実践的な意味はないように思うかもしれません。 しかし、田辺は、この論理を、社会の原理とも見なすわけです。 その場合、種の水準に対応するのが、具体的には国家です。 個は、もちろん個人です。 類は人類です。 「私は私である」 というこの水準に直接に向かう感覚は、内容がありませんね。 しかし、逆の極端、 「私は人類である」 という自覚も、これまた実践的には無内容です。 というのも、これだけでは、どのような人間として存在し、どのような道徳にコミットしているかが示されないからです。 
  内容があるのは、 「私はどこそこの共同体に所属している」 という自覚、どのような特殊な共同体に所属しているのかという自覚だけです。 つまり、自分がどの国家に属しているのか、という自覚は、有意味な自覚たりうるわけです。 個が、単に与えられた事実としてある特殊な種に属しているということではなく、自ら主体的にその所属の事実を引き受けるということは、所属することも離脱することも可能であるような選択の対象として、その 「種」 にかかわるということを意味する。 だから、種に主体的に属することは、種を偶有的なものと見なすこと、他でもありうるものとして相対化すること、したがって種を否定して類へと向かうこと、そういう可能性を秘めていることになるわけです。 こうして、種に対して 「否」 と言い、類へと向かう可能性を秘めている限りにおいては、その人は自由な個人として種に対しているわけですから、類は、人が個として種を超えうることの根拠となっている。 これが田辺の議論です。 だから、田辺のいう 「種」 、つまり 「国家」 というのは、普遍性へと開かれている国家、単一の民族によって構成された国家ではなくて、多数の民族の共存を企図している国家だということは、留意しておかなくてはならない。 
  ともあれ、田辺においては、種としての国家への主体的なコミットメントが、人間の道徳性を規定するものとして強調されます。 人間は、個としても、類としても、道徳的 (規範的) に無内容ですが、種である国家に所属しているものとして自己規定することを通じて、はじめて道徳的 (規範的) な内容を得ることができるからです。 だから、田辺の議論というのは、聞くからに、 「国家主義」 的です。 そして、ファシズムにも親和的に思えます。 実際、田辺は、日本の軍国主義的なファシズムを結果として肯定していると見なされても仕方がないようなことも言っています。 が、しかし、同時に、この人は、ファシズムとの距離を自覚的に取るようになったのも早かった。 最も早くから、自覚的にファシズムからの距離をとり、懺悔もしているんです。 ストレートな国家主義者たちにとってはファシズムというのはむしろ失望すべき内容を持っていたことがわかるんです。 
大澤真幸 『戦後の思想空間』





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posted by Vigorous at 15:48| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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