2009年10月29日

No.552 『民主主義の壁』

   民主主義はどこがよいのか? 普通はこんなふうに説明されるだろう。 すなわち、民主性においては、支配が、被支配者の合意によって正当化されており、それゆえ、それは、治者と被治者の同一性が実現している、つまり人民による人民の自己支配の形式だと、見なすことができる、と。 民主制の支持者は、しばしば、支配への合意を民主制のメリットとする。 だが、法学者、井上達夫が指摘するように、これは 「便利な嘘」 である。 井上は、民主制のメリット、民主制の正当化根拠を、むしろ 「合意」 とはまったく逆の点にこそ見るべきだ、と指摘する。 
  社会内には、多様な利害や価値観がある。 民主制は、それらの利害や価値観の存在と自己主張を許し、むしろ奨励しさえする。 非民主的な体制にあったように、ある種の利害関心や価値観をア・プリオリに抑圧したり、排除したりする、ということがないのだ。 民主的な政治過程の核心的な特徴は、合意の創出にあるのではなく、非合意の可能性を留保している点にこそある、というわけである。 
  これは非常に優れた民主制理解ではないだろうか。 このように民主制の本質を捉えたときには、多くの論者が現代社会において、民主主義を、その先に進みえない究極の壁と見なす、真の理由もはっきりしてくる。 ホッブズの 「自然状態」 に喩えたような葛藤が不可避なのは、現代が啓蒙主義的な希望を完全に喪失した時代だからだ。 すなわち、何らかの普遍的で実体的な真理が存在していることを前提にし、われわれの価値観や判断が、この真理によって根拠づけられるはずだとする確信を失ったのが、現在である。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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posted by Vigorous at 20:09| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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