2009年10月21日

No.545 『子どもの哲学』

   子どもの哲学の根本問題は、存在である。 森羅万象が現にこうある、というそのことが不思議で、納得がいかないのだ。 ここでの問いは、「どうしたらよいのか」 ではなく、「どうなっているのか」 というかたちをとる。 
  青年の哲学の根本問題は、人生である。 つまり、生き方の問題だ。 いかに生きるべきか、この一言に青年の問いは集約される。 
  大人の哲学の最重要課題は、世の中の仕組みをどうしたらよいか、にある。 生き方や人生の意味とは別の、社会の中での行為の決定の仕方が問題となる。 大人は価値を相対化し、複数の価値を比較できるようになるが、その過程で存在の問題は忘れ去られていく。 
  老人の哲学の究極主題は、死であり、そして無である。 それを通じてもう一度、子ども時代の主題であった存在が、問題になるだろう。 
  青年の哲学、大人の哲学、老人の哲学は、それぞれ、文学、思想、宗教で代用できるが、子どもの哲学には代用がきかない。 子どもの哲学こそが最も哲学らしい哲学である理由がそこにある。 そこにこそ、何者にもとらわれない純粋な疑問と純粋な思考の原型があるからだ。 
永井均 『《子ども》のための哲学』





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posted by Vigorous at 21:24| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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