2009年10月08日

No.534 『自己責任論を貧困に適用してはならない』

   小学生のときに両親を失う。貧しい家庭に育ち、精神的な疾患を抱える − このような事例は、しばしば 「極端な事例」 「レアケース」 として個人的な不幸・不運の問題と片づけられがちだ。また、20年にわたって非正規労働を転々とする、具合が悪くて仕事が続かないといった部分は 「根性が足りない」 「計画性がない」 と非難されやすい。
  だが、そのような見方では、まじめに働き続けているのに、少年期・青年期の不幸・不運がその後の人生で修正されず、這い上がろうにもそれを支える社会の仕組みがない、という問題を見落としてしまう
  誰にも頼れない状態の放置をそのまま正当化するのが自己責任論だが、自己責任論を声高に主張する人も、自分一人で生きてきたわけではないだろう。官・民にわたるサポートの不在は、本当に肯定されるべきものなのか。そこに行政や社会の責任はないのか。今、徐々にその問題に人々の関心が向き始めている。
湯浅誠 『反貧困』





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posted by Vigorous at 20:36| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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