2009年09月25日

No.525 『負債感と世界宗教』

   確かに、開発援助は、経済的な格差に対する、いくぶんかの是正措置にはなるはずだ。 しかし贈与、そうした是正の効果を相殺してしまうほどの、あるいはむしろ、逆にもともとあった差別を強化してしまうほどの別の帰結をもたらしうる。 
  贈与は、受け手の送り手に対する解消しがたい負債感を生み出し、その結果として、ときに、贈り手と受け手の間に持続的な支配、従属関係を形成するのだ。 (中略)
  世界宗教は、土俗的な共同体の拘束や権力関係から人を解放する。 世界宗教のこうした力もまた、贈与の潜勢力から得られる。 大雑把に言えば、世界宗教は、共同体の内部の互報酬的な関係から生ずる有限の負債感を、神への、あるいは超越的な他者への無限の負債によって相対化し、解消するのである。 世界宗教は、神を圧倒的な贈与者として措定することの反作用として、人間に無限の負債を担わせる。 このような神の人間への贈与の究極の実例、それはキリストではないだろうか。 人間には、大きな罪(原罪)がある。 その罪は、人間の神に対する負の贈与(神への負債)である。 神は、これに対する返済を、つまりは天罰を要求している。 そこでキリストは、人類の代表として、自らを犠牲にし、自らを神へと贈与した。 これこそが、人間の罪に対する返済である。 この 「返済」 は、それ自身、再び、人間にとっては、神に対する無限の負債である。 かくして人間は、神への忠誠心に永遠に束縛されることになる。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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posted by Vigorous at 21:30| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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