2009年09月12日

No.514 『日本のローカル性と世界性』

   アメリカというのは、要するに世界のこと、あるいは普遍的な世界そのものです。 アメリカの超越性が還元されるということは、日本をアメリカが占めていた場所に重ね合わせることができる、という感覚を生むことです。 日本は客観的に見るとローカルな共同体であるにもかかわらず、それ自体で世界である、普遍的であるという思い込みがここに生まれるわけです。 
  日本人であるという属性が、70年代を境に、多くの日本人にとってどうでもいい、相対的に重要度の低い性質として感覚されるようになっている。 それはなぜかというと、日本人であることがそのまま世界市民であることにつながっていくからなんです。 かつて、つまり 「昭和30年代」 といわれるような段階においては、アメリカという普遍的な視点の中にあって、日本はローカルな一分子であるという構造の中で生きる。 それに対して、日本はアメリカのポジションに重ねることができるような幻想が支配しはじめたときには、日本人であるということがそのまま世界性へと短絡されてしまうので、日本人であるという限定が意味を喪ってしまうわけです。 しかし、客観的にはまったくローカルで特殊な共同体の慣行に従っているだけなのに、自分を世界的であると思い込むことほど、実際には、世界性を欠いたローカルな仕草はないわけです。 
大澤真幸 『戦後の思想空間』





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posted by Vigorous at 22:45| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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