2009年09月06日

No.508 『インターネット心中』

   互いに見ず知らずの若者たちが、インターネットを通じて呼びかけあい、一緒に自殺する。 従来、心中は、約束の固い家族が行うものだった。 言い換えれば、ネット心中は、家族による心中を代替するものとして登場してきたことになる。 ネット上の呼びかけに (まさに説明されるべき理由もなしに) 呼応してきたという事実が、彼らの間に、家族以上に本来的で原初的な関係が成立していたことの証左になっていたのではないか。 無論、客観的には、誰かがネット上の呼びかけに応じたということこそ、偶然的・偶有的な事実である。 ここでは、純粋な偶然性が、当人たちの感覚の中では逆のものとして、つまり家族のつながりを超える強い必然性として現れていることになる。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 19:40| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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