2009年08月20日

No.491 『哲学をすること ・ 他人の哲学を理解すること』

   他人の哲学を理解することは、しばしば退屈な仕事である。 そして、どんなによく理解できたところで、所詮は何か的外れな感じが残る。 他人の哲学なんて、たいていの場合、つまらないのが当たり前なのだ。 面白いと思う人は、有名な哲学書の中に、たまたま自分によく似た人がいただけのことだ、と思ったほうがいい。 いずれにしても、他人の哲学を研究し理解することは、哲学をするのとはぜんぜん違う種類の仕事である。 
永井均 『《子ども》のための哲学』





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posted by Vigorous at 20:28| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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