2009年08月09日

No.0481 『アンチノミーと世界観』

   カントはまず、 「世界の始発点は存在する」(正命題) と、 「始発点は存在しない」(反命題) の両方を「証明」してみせる。 このことで、両方の証明が権利的に等価であることを示してその 「決定不可能性」 を証明する、という仕方で、 「決して答えられない」 を導く。 重要なことは、カントの議論の厳密さというより、その問題設定の卓越性である。 つまりこれは、なぜ大昔からさまざまな世界観の対立が存在しているかについての、一つの決定的な解明になっている。 「世界観」 の対立 (信念の対立) は、正しい認識と正しくない認識の間に生じるのではなく、 「世界についての極限の問い」 をめぐっていくつかの可能な、そして等価な推論が存在するときに生じる。 どの推論も原理的にはただ蓋然性しか示すことができないのに、さまざまな傍証をおくことで自分の 「確信」 を強化しようとするからだ。 まさしくカントの洞察は、事態の本質をついているのである。 しかしそれだけではない。 ここでもっと重要な点は、 「アンチノミー」 の議論は、伝統的形而上学の根拠を取り払い、そのことで一つの本質的な絶望を人々にもたらしたということである。 
  カントの 「原理」 は、それまでの哲学 (スコラ哲学) の本流であった 「神の存在様態」 や、 「世界の形相」 といった議論がすべて 「極限の問い」 であり、決して答えられないことの理由を解明した。 このカントの原理は一方的で、多くの志ある若者に深い絶望をもたらしたに違いない。 真の信仰をつかむことで自分の 「ほんとう」 の生き方を見出したいという欲望が、そこで潰えるからだ。 しかし一方で、むしろこの深い絶望が新しい可能性をもたらしたのだ。 カントの原理は人々に真の信仰を見出そうとする欲望を断念させ、そのことが 「社会」 の構造の解明とその変革という新しい可能性の道をはじめて押し開くことになったからである。 
竹田青嗣 『人間の未来』





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posted by Vigorous at 18:22| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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