2009年07月23日

No.0465 『永遠回帰』

   「永遠回帰」 というのは、 「一切の物事が永遠に回帰し、私たち自身もそれにつれて回帰するということ、私たちはすでに無限の回数にわたって存在していたのであり、一切の物事も私たちとともに存在していたということ」 という奇妙な思想です。 
  「人間」を超克して 「超人」 が生まれても、また再びやり直さなければならない。 永遠回帰思想はそのような 「やり直し」 を無意味に感じるようならばダメなのだと突きつけているのです。 
  永遠回帰を肯定できない超人思想は、目的地を特権化してそこへと到達することで、初めてそれまでの過程が報われるという発想をしています。 そのような発想を、 「目的論」 と呼びますが、永遠回帰は超人思想に潜む目的論を否定するのです。 そのような発想では真の 「超人」 にはなれない、と。 
  ですから、永遠回帰を肯定し得た者が本当の超人なのです。 目的に達して初めてすべてを肯定するのではなく、この世のどんな些細なことでもひっくるめてありのままに肯定すること。 それはこの世界、現世の、究極の肯定と言ってよいでしょう。 現状否定→現世肯定ではなく、現世肯定→現状否定という順番でなくてはならないということです。 では、現世肯定を動機に現状を否定するとはいかなる状況なのでしょうか。 それは、この世界で生きることの喜び、素晴らしさを、それを知らない人に伝えることです。 ツァラトゥストラは 「永遠回帰の教師」 になるのです。 

  「一切は行き、一切は帰ってくる。 存在の車輪は永遠にめぐる。 一切は死に、一切はふたたび花ひらく。 存在の年は永遠にめぐる。 
  一切は破れ、一切は新たにつぎあわされる。 存在の同じ家が、永遠に建てられる。 一切は別れ、一切はふたたび挨拶しあう。 存在の環は、永遠におのれに忠実である。 
  おのおのの瞬間に存在ははじまり、おのおのの 『ここ』 のまわりに 『かなた』 の球が回転する。 中心はいたるところにある。 永遠の道は曲線である。 」
左近司祥子編 竹内剛史著 『西洋哲学の10冊』





検索用kwd:
posted by Vigorous at 22:07| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ



注意
◆ このブログの内容は引用が中心ですが、知識の切り売りを目的としたものではなく、投稿者の備忘録として作成されています。皆さんは、ここに書かれた引用のみで満足することなく、なるべく原典に触れる習慣をつけてください。
◆ このブログでは、投稿者が独自に調査したデータや、知人から伝え聞いたエピソードなどが掲載されることがありますが、そのまま受け売りにせず、皆さん自身が事実関係を調査し、記事の真偽を見極めることができるように努力してください。
◆ ここは金言や名言を羅列することを目的にしたサイトではありません。どんな金言や名言も、羅列したとたんにただの展示物になってしまいます。長い引用も短い引用も、じっくり噛み締めて味わい、あなたの財産にしてください。アーカイブも一度にすべて読むのではなく、毎日少しずつ読むようにすると良いでしょう。



QRコード

リンク集
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。