2009年07月22日

No.0464 『まなざされたい欲望』

   今日、われわれは、強烈に安全を求めている。 とりわけ、宗教テロ、動機が不可解な奇妙な犯罪者、あるいは外国人窃盗集団等の可能性を知った、1990年代の末期以降、われわれは、セキュリティの確保や強化に強い関心を抱いてきた。 そのことは、広義の監視を許容し、一般化することへと繋がっていく。  (中略) 
  一般には、監視は、積極的には望まれてはいないということが前提になっている。 つまり、監視は必要悪でしかないというわけだ。 しかし、こうした想定が間違っていたとしたらどうであろうか。 たとえば、フランスで2001年に放映されたテレビ番組 「ロフト・ストーリー」 は、11人の一般の男女を、大きなロフトに住まわせ、彼らの二十四時間の行動をただひたすらに撮影したテレビ番組である。 その視聴率がサッカーのチャンピオンズリーグの中継を上回るほどだったということも驚きだが、さらに驚くべきは、監視される11人を公募したところ、3800人もの応募があったという事実である。 つまり、彼らは、監視を忌避しているのではなく、むしろ監視されることを望んでいるのだ。 
  つまりこうである。 われわれは、監視されていることを恐れ、そのことに不安を覚えているのではなく、逆に、他者 (われわれを常時監視しうる 「超越的」 とも言うべき他者) に、まなざされていることを密かに欲望しており、むしろ、そのような他者のまなざしがどこにもないかもしれないということにこそ、不安を覚えているのではないだろうか。 私生活をただ映すだけのサイトや、 「ブログ」 のような私的な日記を公開するサイトが流行る理由も、こうした欲望や不安を前提にしないと説明できまい。 あるいは、若者が、ケータイへの着信やメールを待ち焦がれるのは、自らが誰かのまなざしと配慮の下にあることを確認し、安心するためであろう。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 22:08| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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