2009年07月21日

No.0463 『ベンサムの監視塔と現代の若者の状況』

   ベンサムという功利主義者が、 「パノプティコン」 という刑務所の建築様式を考案しました。 簡単にいえば、囚人を汚い一室にまとめて収容するのではなく、きれいなドーナツ状の建物の一部屋一部屋に一人ずつ入れる仕組みです。 各部屋を明るくガラス張りにする一方、中央に配置した監視塔を暗くしておくと、監視塔からは囚人一人一人が丸見えになりますが、囚人から監視塔の中は見えません。 こうして常に監視されているという意識を囚人に植えつけることで、自分自身を自分で監視させようというわけです。 囚人どうしがバラバラにされているため、会話ができないということです。 彼らを一つにまとめると、囚人内部で社会をつくり、食事が悪いだの脱獄しようだのといった相談を始めるおそれがある。 そこでバラバラにして一人一人を監視するシステムにすれば、個々は非常に弱くなり、操作されやすくなるわけです。 
  今の若者たちは、一見するとネット上で親しげに会話をしていますが、よくよく個人を見ると、その親しさには深さがありません。 たとえば朝までドストエフスキーについて語り明かす、といった熱さのある関係性ではないのです。 その結果、彼らの間には漠然とした孤立感が広まっている気がしてなりません。 
  日本がアメリカ化されはじめた1960〜70年代、ロックやポップスで盛り上がっていた若者たちは、 「自分たちは時代に大きな力を持つ一世代である」 「自分たちが世の中を変えていくのだ」 という一体感を持っていた。 その時流に乗り、流れるプールに身を任せるように楽しんだ若者が、当時はいたはずなのです。 しかし今、そういう感触を持っている若者は少ないでしょう。 日本の文化としては、アニメーションやフィギュアなどが秋葉原を中心にして盛り上がっています。 しかし、その分化の担い手である若者たちは、自分が世の中の中心だとは思っていないし、言われても嬉しくない。 むしろ自分たちはマイナーでいたい、放っておいてくれ、という感じでしょう。 
齋藤孝 『なぜ日本人は学ばなくなったのか』





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posted by Vigorous at 20:51| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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