2009年07月11日

No.0453 『規範化された自由では第三者の審級は機能しない』

   リスク社会は、 「自由である事こと」 「好きなことをすること」 「快楽を追求すること」 こうしたことが強制され、命令され、そして規範化されている社会だということになる。 (中略) かつて、自由とは、第一義的には規範からの自由であった。 言い換えれば、規範は、第一義的には禁止であった。 そして、快楽は、規範への侵犯の内に宿るものであった。 たとえば、結婚前の性交は、禁止されていることによって、快楽の度合いを高めたのである。 だが、今や、こうした古典的な関係が逆転してしまった。 自由そのものが規範化されてしまっているからである。 そして、まさに規範と合致したその自由の行使が、快楽そのものでなくてはならないからである。 
  自己選択の強制を、端的に象徴している現象が、医療現場で普及してきた、インフォームド・コンセントである。 インフォームド・コンセントは、患者に十分な情報を与えた上で、治療方法を患者自身に選択あるいは同意させる方法だ。 なぜ、患者が選択し、同意しなくてはならないのか。 今や、医療でさえも、 「真理」 を知らず、適切な処置に確信をもっていないからである。 つまり、ここでは、第三者の審級が機能してはいない。 そのために、患者の自己決定が義務化されるのだ。 (中略) 何が妥当かを知っているはずの超越的な他者の存在を想定できない以上は、 「われわれ」 が自己決定するほかない、というわけである。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 20:34| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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