2009年07月06日

No.0448 『第三者の審級』

   今日、北朝鮮の多くの人々は、さまざまな方法で、人的な交流や多様なメディアを通じて、かつての東欧諸国の人々以上に、あるいは少なくともそれと同程度には、 「自由」 ということの価値をしているに違いない。 そうであるとすれば、われわれとしては、こう断じてもかまわないはずだ。 北朝鮮の現体制は、本当はすでに死んでいるのだ、と。 いったい 「誰が」 死について知らないのか?  
  ここで、 『裸の王様』 を考えてみよう。 王が裸であることを知らないのは誰なのか?  任意の個人が、本当は王が裸であることを知っている。 王自身すらも知っているのである。 それにもかかわらず、彼らは、皆、王が裸であることを知らないかのように振る舞うのだ。 どうしてか?  どの個人も、 「他の皆は、王様が服を着ているということを知っている (皆は、王様が裸であることを知らない) 」 という認識を持っているからだ。 知らないのは、だから 「皆」 である。 それは誰なのか?  私が 「第三者の審級」 と呼んできた、超越的な他者こそは、任意の個人から独立して機能するこの 「皆」 である。 
  だから、王が裸であることを知らないのは誰なのか、という問いへの正解は、 「第三者の審級」 である、というものだ。 寓話が教えてくれることは、個人が直接に内的に知っていることよりも、 (緒個人に想定されている) 第三者の審級に帰属する 『知』 の方が、人々の行動を決定する因子として、より基底的だということである。 
  だから、われわれがなすべきことは、北朝鮮の社会に君臨する 「第三の審級」 に、己の死を知らしめることにある。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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posted by Vigorous at 20:18| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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