2009年07月05日

No.0447 『ゾロアスターの二元論』

   「ツァラトゥストラ」 というと一体何なのか分からない人が多いと思いますが、 「ゾロアスター」 というと聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。 ゾロアスター教の、多分に神話的な教祖の名前です。 「ツァラトゥストラ」 というのは、 「ゾロアスター」 のドイツ語読みなのです。 ニーチェは自分の哲学を語るために、わざわざ古代の宗教者から名前を借りてきたのです。 なぜなのでしょうか。 
  ゾロアスター教は紀元前六世紀頃からペルシアに広まった宗教で、いまでも少数ながら信者がいますが、その教えの中心は、世界のあらゆる物事は善と悪の戦いによって成り立っている、というものです。 要するにツァラトゥストラは形而上学的な善悪二元論の創始者だというわけです。 形而上学的善悪二元論とは、おおよそ次のようなものです。 一方の善いものの側に、神(天)・永遠・本質・理性・精神・自由・能動・男性性などがあり、他方の悪いものの側に、自然(地)・時間・偶然・感性・身体・束縛・受動・女性性などが配置されます。 宇宙はこうした価値的な二項対立によって成り立ち、人間はその中間に位置しており、自らの意志で善にも悪にも行き得る存在であるとされます。 
  ニーチェはまず、このような二元論の中で不当に貶められていたものを復権させようとしています。 その二元論批判としてニーチェが提示するのが 「超人」 思想です。 それは人間の将来のことなのです。 人間は将来、いまより優れた存在にならなければならない。 人間は 「進化」 するのだ、ということなのです。 現在の人間はそれが可能になるために生きるべきであり、それが私たちの生きる意味なのだ、と。 
  生物学的な進化論の発想とは違って、ニーチェによれば、超人への 「進化」 は自動的に起こるものではありません。 それを妨害するものが存在し、その妨害を取り除いて超人の誕生へと献身する者たちがいない限り、実現されないと考えられているのです。 そしてその妨害者とは、まさしくあの二元論だというのです。 二元論は垂直方向を軸とするので、変化とは無縁です。 正確に言うと、変化しないものを確定し、変化するものを貶める (おとしめる) のが二元論の特性なのです。 でも変化しないもの、永遠的なものなんて、この世には存在しません。 形而上学的二元論は、この世を否定し、この世ならぬものを憧れ求めることによって成り立っているのです。 逆に言うと、変化するこの世界への憎悪が、二元論の根底にあるのです。 
左近司祥子編 竹内剛史著 『西洋哲学の10冊』





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posted by Vigorous at 21:53| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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