2009年07月03日

No.0445 『リスク社会とは』

   リスク社会化とは、 「本質に関しては不確実だが、実存に関しては確実である」 と言えるような第三者の審級を喪失することなのである。 第三者の審級が、本質においてのみならず、実存に関して虚構化したとき、リスク社会がやってくる。 たとえば、リスクをめぐる科学的な討論が通説へと収束せず、人類が真理へと漸近しているという実感をもつことが困難になっている。 あるいは、正義をめぐる判断が中庸へと収束していくことがない。 このことは、言い換えれば、われわれが、普遍的な真理や正義を知っているはずの理念的な他者 (第三者の審級) が、未来に、歴史の先に待っている、と想定することが困難になっている、ということを含意する。 つまり、われわれは、今や、第三者の審級の意志が分からないだけではない。 そもそも、第三者の審級が存在していないかもしれない、との懐疑を払拭することができないのだ。 第三者の審級が、二重の意味で空虚化し、真に撤退した社会こそが、リスク社会である。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 23:58| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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