2009年06月29日

No.0441 『天皇観の変遷と60年周期』

   天皇というのは、もちろん日本だけで意味をもつ。 明治天皇のリアリティが強烈だということは、つまり明治時代に、日本人は日本人としての自覚を強烈にもたざるをえないようなやり方で生きていたということを示しています。 それに対して大正時代は、天皇が飾りに過ぎないかのように感じられる時期になる。 大正時代の最も重要な思想は民本主義ですね。 君主を戴いているけれども、通常の共和制的な民主主義であるかのように振る舞うことができるということです。 つまり、君主がいないかのようにやっていけるということです。 
  大正時代に天皇が存在しないかのように感じていられるという事実は、昭和50年、60年という表現にあまりリアリティがないということと似たような意味を持っていると思います。 実際、60年の周期を対応させると、昭和50年代、60年代というのは、まさに 「大正」 時代にあたります。 日本人であるという帰属の自覚よりも、もうちょっとコスモポリタン的な 「市民」 として生きているかのような感覚が、前面に出ていた時代だと言っていいかと思います。 大正時代の後に何が起きたかというと、誰でも知っている昭和の時代が来て、昭和維新期というのがある。 つまり、日本のファシズムがやってくるわけです。 この時期は言うまでもなく、何らかの意味で日本人であることが、あるいは日本の 「帝国臣民」 であるということが、人々の意識を猛烈に強く支配した時代です。 
  伊藤博文がつくった明治の国家体制というのは、一般に 「天皇の国民」 であったとされます。 それに対して、ファシズムの思想的な首領であった北一輝が考えていたことは、伊藤博文の体制を極力利用することによって、 「天皇の国民」 と 「国民の天皇」 の真ん中に 「天皇なき国民」 というのが入るということです。 つまり、いったん人々の意識の中での天皇の排除があった後に、天皇は再び、 「国民の天皇」 という逆転した規定の中で回帰してくるという構造がある。 
  80年代末期以降は、日本の思想の文脈の中で、日本人であるということの自覚が非常に重要な意味を持ち始めている時期だと思うんです。 いやがおうにも日本人という共同性の自覚が前面に出てこざるをえなくなっている。 前後の中で、 「日本人」 という共同性の感覚が回帰してくる仕方は、ちょうど 「天皇の国民」 が 「天皇なき国民」 を経由して 「国民の天皇」 に帰ってきたときと同じような軌跡を描いているんじゃないか。 
大澤真幸 『戦後の思想空間』





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