2009年06月20日

No.0433 『 「自由」 をめぐるカントとヘーゲルの違い』

   ヘーゲルは、人間の本質は 「自由」 であるというカントの説に対して、この言い方はまだ甘い、と言った。 
  カントは、神に関係なく人間の存在の本質が 「自由」 である、と主張した。 スコラ哲学の強大な世界理論に対抗するためだ。 しかしヘーゲルによれば、それはまだ反対のための反対理論、つまり 「対抗論理」 であって、そうであるかぎり思想としては十分深くない。 彼はむしろこう考えた。 人間は生まれつき 「自由」 なのでもなく、また人間は 「自由」 であるべきだ、というのも違う。 むしろ、どんな人間も必ず少しでもより 「自由」 たろうとする本性をもっている。 つまり人間精神の本質は 「自由への欲求」 という点にある。 と言うのがよいと。 
  「人間は本来自由な存在であり、したがってまた自由な存在でなくてはならない」 という思考は、しばしば、単に 「なのに人間が自由でないのは、世の中が根本的に間違っているからだ」 といった素朴な思考へと帰着する。 これに対して、 「人間はこれまで真に自由だったことは一度もないが、自由たろうとする本性は持っている。 」 という考え方は、 「人間がほんとうに自由であるためには、どのような条件が必要か」 という考えへと進む可能性を生む。 
  ヘーゲルはつぎのように主張する。 人間は 「自由」 であるべきだ、というカントの考え方は悪くなかった。 でもそれだけでは単なる 「表象」 にとどまる。 むしろ、各人が 「自由」 であるための現実条件は何であるのか、人間はその条件をいかに手にすることができるのか、これをしっかり考えることで、 「自由」 の概念は、はじめて本質的な 「概念 (=深い了解) 」 になると。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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posted by Vigorous at 00:19| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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