2009年06月09日

No.0425 『一般意志』

   「社会契約」 は、自由な各人が自分の 「自由」 を確保するための行為の原理だったが、 「一般意志」 は統治権力の正当性の原理である。 
  近代社会では、 「統治権限者」  (君主、王、為政者) の権威は、神によって根拠づけられていない。 もちろん、血筋などは論外である。 何によって 「統治権限」 は正当化されるのか。 ルソーによれば、この答えも一つしかない。 その答えが 「一般意志」 である。 
  では、 「一般意志」 とは具体的には何か。 ポイントは次の二つである。 

  第一に、政治権力の最大の目的は、各人の 「自由」 を確保することにある。  

  第二に、もともとこの国家は、各人の 「自由」 の確保を目的として立てられたものだから、国家的行動に際して、一部の階級の恣意や利益を動機としないこと。 国民全体の利益になるということが、その規準であること。  

  「社会契約」 の考えは、政治の基本ルールについての重要な結論を導き出す。 政府の大きな仕事の一つは、法律の制定だが、国家を 「社会契約」 の原理において考えると、この政治の基本ルールはすぐに明確な原則が現れることになる。 整理すると次のようになる。 

  @社会の成員は、すべてルールのもとに対等であること
  A社会の成員は、すべて対等のルール決定権限をもつこと
  Bこのルールを一定の規準で守るかぎり、何びとも対等にこの社会の成員たる資格をもつこと

  ここから帰結する最も重要なポイントは次のことだ。 つまり、 「市民社会」 とは、民族や宗教や文化、習慣などの違いを超えて、異なった人間同士が、共存で着るような社会原理であるということ。 どんな人間も、市民的ルールを守るという一点で、その社会の中で正当な成員と認められるからである。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





検索用kwd:哲学・宗教
posted by Vigorous at 20:15| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ



注意
◆ このブログの内容は引用が中心ですが、知識の切り売りを目的としたものではなく、投稿者の備忘録として作成されています。皆さんは、ここに書かれた引用のみで満足することなく、なるべく原典に触れる習慣をつけてください。
◆ このブログでは、投稿者が独自に調査したデータや、知人から伝え聞いたエピソードなどが掲載されることがありますが、そのまま受け売りにせず、皆さん自身が事実関係を調査し、記事の真偽を見極めることができるように努力してください。
◆ ここは金言や名言を羅列することを目的にしたサイトではありません。どんな金言や名言も、羅列したとたんにただの展示物になってしまいます。長い引用も短い引用も、じっくり噛み締めて味わい、あなたの財産にしてください。アーカイブも一度にすべて読むのではなく、毎日少しずつ読むようにすると良いでしょう。



QRコード

リンク集
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。