2009年05月12日

No.0403 『第三者の審級の不可視化は反転して回帰する』

   カザノヴァは、例によって、田舎娘をわがものにしようとした。 彼は純朴な娘を騙そうと、権威ある魔術師の振りをしてみせたのだ。 彼は魔術師の格好をして、地面に、 「魔法の円」 と称するものを描き、訳のわからない呪文を唱え始めた。 と、そのとき突然、嵐になって、稲妻が轟音とともに光ったのである。 これに驚いたのは、娘ではなくカザノヴァのほうであった。 彼は、このタイミングで嵐になったのは、ただの偶然の一致であることをよく知っていた。 が、彼は、あわてて、ほとんど反射的に、自分が描いた、嘘の 「魔法の円」 の中に飛び込んだのである。 この行動が示している、彼の 「信」 の内容は、 「雷は彼の冒涜的な行為への神の天罰だ」 というものである。 (中略) 
  ここで主張したいことは、このカザノヴァのあり方は、オタクたちのあり方の寓話的な表現になっているということである。 彼らは、それが幻想=虚構に過ぎないことをよく知っているのだが、それでも、不動の 「現実」 であるかのように振る舞うのである。 オタクたちは、虚構と現実を取り違えていると言う、評論家的な批判が見逃しているのは、意識と行動の間のこうした捩れである。 彼らに、いくら、 「あれは虚構に過ぎない」 と主張しても意味はない。 彼らは、それをよく知っているからである。 カザノヴァに、それは 「贋(にぜ)の円」 だと説得しても意味がないのと同じである。 
  なぜ娘は、さして驚かなかったのか? 神や魔術師を素朴に信じている娘にとっては、 「それ」 が何であるか、それの 「意味」 が何であるかは、はっきりしているからである。 つまり、娘の眼から見れば、 「それ」 は、カソノヴァの魔術師が招き寄せた、超自然現象である。 それに対して、神を素朴には信じていないカザノヴァにとっては、雷に対するそうした意味づけ、そうした同定は不可能である。 彼をパニックに陥れたのは、意味づけを欠いたただの 「現実」 である。 その衝撃から逃れるために、彼は、自分で作った嘘にすがり、それに 「没入」 したのだ。 つまり、自分が創作した嘘を、所与の真実であるかのように受け取り直したわけだ。  (中略) 
  詐欺に最も強力に巻き込まれてしまうのは、他ならぬ詐欺師本人なのである。 「これは詐欺だ」 という意識を保っていたとしても、それは、あまり変らない。 
  ここで注意しておかなくてはならないことは、カザノヴァの喜劇の中で、雷が二重の機能を果たしている、ということである。 一方で、それは生の現実の断片、意味づけを欠いた純粋な偶然の出来事である。 だが、他方で、カザノヴァが驚いて 「魔法の円」 の中に飛び込んでいるときは、すでに 「天罰」 である。 後者の解釈をもとに、一度は斥けた神が、より強力なものとなって回帰してくることに注意しよう。 田舎娘を騙そうと画策しているとき、カザノヴァは、一旦は、神を信じない者のように振る舞い、神を事実上、拒否している。 だが、このことが原因となって、彼は、神にかえって呪縛されてしまう。 
  カザノヴァの 「魔法の円」 は、オタクたちの 「窓のない個室」 を連想させる。 このことは、カザノヴァにおいて見出したことと同じことは、オタクにも言えるのではないか、という推測を誘う。 つまり、虚構へとアイロニカルに没入することは、一旦は退出しかけた、あるいは、徹底的に不可視化した第三者の審級を、より一層強力で、具象的なものとして回帰させる方法となっているのではないだろうか。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 21:46| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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