2009年05月11日

No.0402 『憲法と日米安保』

   憲法が示している方向と日米安保の示唆する方向の間には、明らかな矛盾がある。 憲法において戦争の放棄を謳い、軍隊をもつことを禁じていたとしても、他国の軍隊の駐留を許し、代わりに戦うことを支援しているならば、元も子もないではないか。 
  「日米同盟」 という語には、日本人のアメリカに対する屈折した感情が込められている。 「日米同盟」 と聞くと、まるで、日本とアメリカが対等なパートナーとして、友情を結んでいるかのように聞こえるだろう。 だが、日米安保条約は、明らかに非対称な関係を規定する条約であって、日本に対しては消極的な、アメリカに対しては積極的な義務を割り振っている。 
  こういう不安がある。 アメリカは、日本の安全保障にとって不可欠なアメリカは、本当にいざとなったら日本を助けてくれるのだろうか?  冷戦対立の構想の中では、アメリカにとって、日本を助けることは死活的な意味をもっているはずだ、と考える根拠がないでもなかった。 しかし、今や、その構造も消え去った。 アメリカが日本を守る内発的な動機をもたないとすれば、日本としては、アメリカの無条件で純粋な厚意をあてにしていることになる。  
  憲法を活用するためには、憲法と安全保障政策の間の矛盾解消しなくてはならない。 矛盾を解消する方法は、論理的に考えれば二つある。 
  @ 日米関係を基軸に置き、日米関係を対等化・正常化する方向で、憲法の方を修正する。 
  A 憲法の方を基軸におき、日米関係を憲法に整合するものへと転換する。 
  通常、現実的な方法は、@のみであると考えられている。 これに対して、私が提案したいのは、Aである。 「戦争放棄」 を規程する憲法を保持しつつ、少なくとも現在のような日米安保条約を必要としない、安全保障の政策がありうるということ。 こうした方法こそが、他者の他者性への耐性を著しく低下させつつある現代においても、戦争を排して、他者たちと共存することを可能にする。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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posted by Vigorous at 20:47| 指導者、政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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