2009年04月27日

No.0391 『カントの 「自由」 』

   カントの考え方は非常に独創的なものだった。 彼は自分の哲学原理として 「自由」 というキーワードを示した。 人間の本質は 「自由」 であるというのだ。 それまでの考えからすると、人間は神の被造物なのだから、そんな勝手な考えが許されるはずがないという観念が圧倒的だったのだ。 カントは、神が人間を 「自由」 な存在として創ったという考えをとらなかった。 これだと原理として弱いからである。 カントはむしろ人間が本性上 「自由」 な存在であることをいわば論証しようとした。 
  こんな感じだ。 人間が絶対的に本質的に 「自由」 であるかどうか。 これは証明できない。 でも、人間が大昔から 「道徳的行為」 を行ってきたことは事実だ。 この事実は何を意味するか。 それは人間が 「自由」 な存在であることを教えている、というのだ。 
  人間は基本的に 「欲望」 と 「理性」 というものを持っているが、 「自由」 とは、 「欲望」 と 「理性」 のせめぎ合いで、 「欲望」 に負けないで、 「理性」 に基づいて判断し、行為することなのである。 人間は多くの場合 「欲望」 に負ける。 でも 「理性」 がそれに打ち勝つ場合もある。 これは人間が 「自由」 でありうることを示している。 また人間が 「自由」 をもっているかぎり、人間は 「道徳的」 に生きることが必ずできる、と。 

  変った言い方だか、それをこんな風に言っている。 
  「自由は道徳の存在根拠 道徳は自由の認識根拠」

  ともあれ、この 「自由」 の本質の考えは、まさしく近代における 「人間とは何か」 という考え方の、代表たるにふさわしい考えだった。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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posted by Vigorous at 22:48| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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