2009年04月21日

No.0386 『修行期』

   書生がいた時代というのは、 「自分が今、修行期にいる」 という意識自体が日常的に反復され、 「技化」 していた時代であるともいえます。 
  自分が修行期にある、とはっきり言い切る若者は、現在では非常に少ないでしょう。 修行という言葉自体、若者にとって縁遠いものになっています。 
  武道の世界では、 「稽古」 という言葉を使います。 それを集中的に行えば、 「修行」 に近くなります。 これなら比較的実感しやすいでしょうが、最近は武道もスポーツ化し、「トレーニング」という言い方が主流になっています。 しかも競技性が高まっているため、ただ勝つためのトレーニングが中心です。 身体を鍛えたり、心を練るといった大きな目的が薄れてきているのです。 
  いわんや勉強においてをや。 「今、自分は知性を磨く修行期である」 と認識し、腰をすえて勉強に臨んでいる人は稀です。 これは、若い時期をどう捉えるか、という認識の変化に起因しています。 今は勉強するより、青春を謳歌する、意識を開放するというベクトルのほうが強くなっているのです。 (中略) 
  青臭い勉学の時代、倫理観を磨き正義感に燃え、真善美を追求するといった時期は、その後の人生の貴重な糧となるはずです。 それを一度もくぐり抜けず、早くに青臭さを捨て去ってしまった人は、どこか醒めた感じがします。 そういう人は、その後にどのような職種についたとしても、大きな仕事をしにくいのではないでしょうか。 (中略) 
  就職して忙しくなってしまうと、いつも誰かと一緒にいることはできなくなります。 しかも結婚し、子どもができ、家庭ができてしまうと、学生時代のように学んだり遊んだりする時間はなかなかとれません。 逆にいえば、物事がわかってくる十歳代後半から、多くの人が結婚する三十歳代前半までを書生的な時間として過ごすことができれば、それは大変幸福なことです。 
  それは夢を語り合える時間であり、互いにリスペクトし、学び、向上している時間でもある。 よき先生と仲間に恵まれて過ごすことは、まさに人生の醍醐味です。 
齋藤孝 『なぜ日本人は学ばなくなったのか』





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posted by Vigorous at 23:20| 教育、心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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