2009年04月18日

No.0383 『スコラ哲学 vs デカルト』

   スコラ哲学の神学議論に対して、人々は、神がほんとに存在するのかしないのか、正しい信仰がどのようなものなのか、そういう類のものはみな学者の理屈にすぎない、それどころか、世界がどうなっているかなぞ人間には決して認識できないのだ、といった説によって反対していた。 しかし、デカルトは、こういう相対主義的対抗は結局深く正しく考えることに対する信頼を手放すことだと考えた。 
  「われ考える、ゆえにわれあり」 とは、つまり世界のさまざまな事柄はなるほどすべて疑わしいと言えるが、しかしたった一つだけ疑いえないものがある、それは 「わたし」 が存在しているということであると。 
  この一つの考え方の石で、デカルトは二羽の鳥を撃ち落す。 一つはどんなものでも確実でないという懐疑論。 もう一つは、世界は神によって創造されたと説くスコラ教義の独断論である。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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posted by Vigorous at 18:49| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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