2009年04月17日

No.0382 『オタク史は普遍的な歴史の投影である』

   オタクは、自分たち自身について語りたがる傾向があるということ、オタク自身の 「歴史」 に強い関心をもっているということ、こうした事実に注目しておいてもよいだろう。 目新しい若者風俗に名前が与えられ、注目されるという現象の場合には、注目していたのは、当の若者意外の第三者であり、その名前も他称であった。 それに対して、オタクに関しては、夥しい量の言説が主としてオタク (世代) 自身によってもたらされてきた。 オタクによるオタク論を読むと、しばしば、わずか二十年程度の 「歴史」 が、ちょっと行き過ぎではないかと思わせるほど細かく段階区分され、些細な出来事が大げさに言挙される。 たとえば、まるで西洋史の 「古代/中世/近代のように、オタクの 「第一世代/第二世代/第三世代...」  などと区分され、テレビアニメ 『新世紀エヴァンゲリオン』 の最終回が、第二次世界大戦の終結と同じくらい一大事であったかのように語られるのだ。 端的に言えば、多くのオタクは、個々の主題領域に関してだけではなく、オタクという現象自身についてのオタクである。 オタク史の中の些細な事実が、大事件であったかのように見なされるのは、その短い歴史に普遍的な歴史が投影されているからであろう。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 23:04| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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