2009年04月07日

No.0373 『アンチノミー』

   「人間の理性はある種の認識において、特殊な運命を持っている。 すなわち、理性が避けることもできず、答えることもできない問題に悩まされるということである。 」
  『純粋理性批判』はこのような理性の嘆かわしい 「運命」 を告げるせりふから始まるのです。 理性は一度は吟味にかけられなければなりません。 すなわち、批判されなければなりません。 
  まず、理性とはどういう能力かを考えてみましょう。 理性は英語ではreasonです。 これはわが国ではもっぱら 「理由」 という意味で理解されていますが、実は同時に 「理性」 という意味も持っているのです。 事実、reason以外に理性を表す英語の言葉はありません。 理性は広い意味で考える能力です。 「なぜ / なぜならば」 と考える能力です。 ところがそのことが、理性が批判されなければならない元となるのです。 というのは、一言で言えば、理念には、それに対応する経験的なデータが与えられないからです。 特に、極限をめぐっては、理性の主張は二つに分かれ、理性は自己自身と争います。 「世界は有限である / いや無限である」 、等々というように。 
  カントは理性のトラブルの中でもこの種のトラブルを 「アンチノミー (二律背反) 」 と呼びました。 アンチノミーこそが、『純粋理性批判』を書く根本動機だったのです。 
左近司祥子編 『西洋哲学の10冊』





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posted by Vigorous at 22:09| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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