2009年04月03日

No.0370 『クレタ人のパラドクス』

   あるクレタ人が、 「すべてのクレタ島人は嘘つきである」 と言った。 さて、彼の言うことは 「本当」 だろうか、それとも 「嘘」 だろうか。 この問題の 「うーむ、どう考えればいいのか」 と人の頭を悩ませる中心点、つまり、この問題が難問 (アポリア) になっている根本の理由は、われわれが、誰かの言葉は 「ほんとう」 か 「うそ」 かのどちらかだと思い込んでいる、という点にある。 ラッセルという哲学者も、典型的にこの考え方にはまりこんで、これを解けない難問と考えてしまったのだ。 
  仮に読者である君がクレタ島に行き、一人のクレタ島の住人に 「クレタ島人はみんな嘘つきだよ」 と言われたとする。 これは一応事実に関することだと言える。 しかしそのとき君は、彼の言うことは 「ほんとう」 か 「うそ」 かのどちらかだ、考えるだろうか。 決してそんなことはない。 君たちはどう考えるか。 「この人は何を言いたいのだろうか、この島には観光客目当てにごまかしたり、ちょろまかしたりする商売人が多いので、親切心で警告してくれているのだろうか。 それとも、なにかむしゃくしゃすることでもあって、自分の島の人間の悪口でもいいたいのだろうか。 」 他の可能性もあるが、まずそんな風に考えるだろう。 
  要するに、ここで文章として分析される言語と、実際われわれが使っている言語では、言語の機能が違っている。 どこが違っているのか。 核心点は一つである。 実際の言語では、われわれはまず、しゃべっている人がその言葉でいったい何を言おうとしているのか、をつかもうとして聞いている。 それが実際の言語の構造上の本質である。 ところが、問題にされているような文章として示された言語では、われわれはその文章が 「一般的に表示している意味」 しかつかむことができない。 ここに錯覚の根がある。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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posted by Vigorous at 22:17| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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