2009年03月30日

No.0365 『グローバル化』

   グローバル化を与えられたものとして受け入れ、それに代わるゲームはありえないと諦めてしまったらどうなるのか?  それぞれの個々のグループや階層が、それぞれの利害、それぞれの課題に応じて個別に要求を提起し、そうした要求の間に適当な妥協点を見出すテクノクラティックで行政的な技術が残るだけだろう。 ある者は道路を要求し、ある者は老人介護のための費用を要求し、またある者は教育の改革を要求するとき、それらの諸要求の間のバランスを見出す行政上の調整だけが、なすべきこととして残される。 
  しかしグローバル化を受け入れながら、われわれは皆、他方では、それが根本的な問題を抱え込んでいることを、半ば意識的に、半ば無意識のうちに知ってもいるのだ。 たとえば地球環境への破壊的なダメージということを考慮に入れてみたらどうであろうか。 グローバル化は地獄への道に見えてくる。 われわれが、この道がそれほど遠くない将来、地獄へとたどり着くことを知っているのに、これしか道がないと思って歩いているのである。 最も顕著な社会的兆候は、今日のわれわれの規範的な枠組みからは 「純粋悪」 と見なさざるをえない極端な暴力 (テロや凶悪犯罪) であろう。 われわれの社会は、純粋悪としての暴力によって現状に対抗するしかないような者たちをそこかしこに生み出しているのである。 
  このとき、真に求められているものは何か。 個別の要求ではなく、普遍的な要求、社会の普遍的な構想を含んだオールタナティヴ (選択肢) ではないか。 行政的な選択ではなく、社会体制の全体としての改変に関わるという意味での、真に政治的な選択ではないか。 
大澤真幸 『逆接の民主主義』





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