2009年03月28日

No.0361 『わたしは考える、ゆえにわたしは存在する』

    「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する」 
  これだけを読まされると、いろいろ疑問が生じことでしょう。 このせりふを口にするデカルトは、何をしているところなのでしょうか。 デカルトは自分の中にあるさまざまの 「思い込み」 を、その根を掘り崩すようにして、ざっくりと削ぎ落としていきます。 見間違いや聞き間違いがあるのだから、感覚からの情報は完全に信頼で着ない。 アウトです。 計算や論証ですら、私はこれまでに自信満々に間違えたことがあります。 これもアウト。 考えてみれば、この世に何がどのように存在するのか、夢の中では私はいくらでもそれを取り違えてそれに気づきません。 だいたい 「世界」 すら、私の夢かもしれないのです。 疑いすぎでしょうか。 
  しかしここでやっとデカルトは言うのです。 「このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えている私は必然的に何ものかでなければならない」 。 間違いがあるとしても、間違っている私がいなければその間違いもない。 すべてが夢かもしれない、しかしそれでも夢を見ている私がいなければその夢もない。 
なお、 「考える」 という言葉の意味に注意しておいて下さい。 これはなにも、頭をひねって難しいことを考える、というだけのことではありません。 何かを思い浮かべたり疑ったり、欲したり想像したり感じたりしている、そんなことをすべて含んだ、意味の広い言葉です。 
左近司祥子編 『西洋哲学の10冊』





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