2009年03月22日

No.0349 『マニア・オタクに欲望されているものとは?』

   オタク以前に、オタク的な関心のあり方、オタク的な生き方の原点を、つまりやがてオタクに発展することになる種子を見出すとすれば、それは、鉄道マニアではないだろうか。 鉄道マニアは、昔から、つまり 「オタク」 という風俗の成立の前からいた。 鉄道が多くの人をひきつけた理由はどこにあるのか? 近代の前半にあっては、鉄道は、人々を、彼らが生まれ育った土俗的な共同性から解放する、ほとんど唯一の媒体だったからではないか。 (中略) 鉄道の延びた先に、首都が、国民国家の領土が、さらには世界が、開けているのを想像することができ、それゆえにこそ、鉄道はロマンチックな幻想をかき立てたのである。 
  鉄道マニアは、鉄道に、鉄道のネットワークに、広域的な社会空間の、普遍的な世界の全体を、言ってみれば、写像しているのではないか。 鉄道それ自体は、無論、世界の中の部分的な要素にしか過ぎない。 が、その部分的な要素を楽しむことにおいて、普遍的な世界の全体を享受することができるのだ。 
  同じことは、後年のオタクたちにも妥当するのではないだろうか。 オタクたちは、常に、ごく些細な、極端にローカルで部分的な何かに、情熱を差し向ける。 だが、その一小部分に、その断片に、普遍的な世界が圧縮され、写像されているのである。 
  しばしば、オタクは、狭く、特殊な事柄にしか関心を向けていない、と批判される。 しかし、その特殊な領域を通じて、包括的な普遍性が分節されているのである。 真に欲望されているのは、普遍性である。 普遍性が、そのまったき反対物として現象することで、直接の欲望の対象となること、このことこそが、オタクの神秘の核心ではないか。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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