2009年03月11日

No.0328 『文学が示唆するもの』

   人間の世界はきれいごとではない。 文学で大事なのは、いかにセンチメンタルやロマンを殺すか、ということだ。 文学は、そういう独自の表現においてかえって人間の苦境を救う。 近代文学の基本は、それが人間の 「個性=人間性」 の表現だという点にある。 近代が人間の 「自由」 を開放する時代だったからだ。 言葉によってなんとか 「自己」 を表現せずにはいられない人間が、文学というものをつかむ。 自分のうちに、日常の言葉ではとうてい他人に伝えられないものが騒いでいると感じる人間が、新しい言葉、新しい表現で新しい物語の形を作り出す。 それが文学の原型である。 しかし、書き手の 「個性」 や 「内面」 の表現ということが、文学の本質なのではない。 むしろその表現を通して、同じような事態にぶつかって苦しんでいる人間に、これがじつは多くの人間が共有している理由のある苦しみだ、ということを文学は示唆する。 そこに文学の大きな力がある。 そこに必ずしも解決策があるわけではない。 でもそれが生き生きと表現されているというだけで、不思議なことに人間の苦境を救う。 
竹田青嗣 『哲学ってなんだ』





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