2009年02月28日

No.0306 『子供』

   心ない小数の人間は別として、親は誰でも子供を可愛がるものである。 理屈の上では親は子供を可愛がっていても現実にその愛情は、平手打ちや意地の悪い説教の形で表れることが多い。 子供がすることは何でも悪いこととされる。 子供は喋ってはいけないしもじもじしてはいけないし、公園の芝生の斜面を転がり下りてはいけない。 子供が叱られずに済むのは、大人しく座っていることだが、これは死んだ方がましだと思うのも無理はない。 
  親が流行の児童心理学などを一旦かじると、状況が一変する。 今や子供は親を悩まし放題なのに、親がひたすら黙って我慢する。 今の親は子供に対して良心的であるが、子供に体罰を加えて鬱憤を晴らす旧式な親以上に格別心の底から子供が好きなわけではない。 この不幸は親が実に簡単なことを知らないために生じる。 つまり人間は二歳を過ぎた後はずっと、自分よりはるかに年上やずっと年下の人間よりも、同年代の人間とつきあいたがるのである。 親子の対立の原因は生理的なものである。 つまり子供は常に動き回り、たえず物音を立てていたいのに、大人は筋肉と神経の休息を必要とする。 すべての文明国の学校は、いまだに、教育の力点を知識の習得におくまったく古くさい考え方から抜け出ていない国家は、生徒たちに九々の表や1776年に起こった歴史的事実覚えさせるのに大わらわである。 その種の教養を非難する気はまったくないが、私は人格の陶冶の方がずっと重要だと思う。
  ところで人間の性格は就学年齢たる6歳よりも前に大方決定される。 もし国家が児童心理学を理解するならば、2歳以上のすべての子供を保育学校に行かせるべきだろう。 保育学校では、影になって子供に安心感を与える大人に見守られて、子供は子供だけから成る環境をそこに見出す。 保育学校では、騒いでも暴れても叱られないし、警戒すべき危険は最小限にとどめられ、神経が細かく行き届いた環境が可能にする範囲で、子供への禁令をなくすのが望ましい。 夕方子供が家に帰ると、親と子は互いに愛し合い、万事丸くおさまるにちがいない。 
B.Russell 『人生についての断章』 (部分抜粋) 転用者は必ず原典を確認のこと!





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posted by Vigorous at 20:16 | TrackBack(0) | 教育、心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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