2009年02月25日

No.0299 『理想への接近に対する構造的な遮蔽』

   戦後の前半期に起きた少年犯罪の中で、最も広い関心を集めた事件は、当時十九歳だった少年Nによる連続射殺事件であろう。 
  事件は1968年に起きた。 米軍基地から拳銃を盗み出していたNは、些細なことから、ホテルのガードマンを射殺してしまう。 以後彼は、逃亡途上で、警備員やタクシー運転手、計三人を射殺した。 (中略) 
  Nは、事件の三年前に、青森県の中学校を卒業して上京してきた。 彼にとって 「東京」 は、夢の実現を、人生の 「理想」 の実現を確実に約束してくれるユートピアだったのだ。 
  だが、この事件に鋭利な社会学的分析を加えた見田宗介が指摘しているように、Nの 「東京」 の理想化に、家郷嫌悪が先立っている。 家郷から脱出したいという欲望、家郷の斥力が、東京への憧憬、東京の引力として現象しているのだ。 たとえば彼は、どんなに空腹のときでも、麦飯を見ると反感を覚えた。 「青森時代を思い起こさせる」 からだ。 斥力を発しているのは、家郷、つまり地縁的な共同体だけではない。 家族、血縁共同体もNの憎悪の対象だった。 Nは、八人兄弟の七番目として網走で生まれた。 父親は生後まもなく失踪してしまう。 母親も、彼が五歳のときに家出し、子どもだけで北海道の厳冬を越さねばならなかった。 
  Nは書く。 「私には肉親というものを考えることはできない。 なぜにこうなってしまったのかを一言的に表現すると、すべて、すべて、すべて、すべては、貧困生活からだと断定できる。 貧困から無知が誕まれる。 そして人間関係というものも破壊される」 
  Nは 「覗く人」 だった。 Nの家族が青森県に移住してきた当初、彼らの部屋は、ベニヤ板一枚を隔てて、一杯飲み屋に隣接していた。 幼いNは、ベニヤ板に穴を開けて、毎夜、飲み屋を覗き見していたという。 ベニヤ板からの覗き見を、貧困なNに特殊な体験と見なしてはならない。 Nより少し豊かな人々にとっても、特に農村部にいる人々にとっては、テレビのブラウン管が 「ベニヤ板の穴」 の役割を果たすのだ。 つまり、華やかな飲み屋の延長上に現れたのが、 「東京」 にほかならない。 だが、彼の 「理想の生」 がその上に投射された 「東京」 は、 「理想」 の片鱗すら満たしてはくれなかった。  「理想」 に呪縛されている者にとって、つまり 「理想」 へと疎外されている者にとって、最大の不幸は、 「理想」 から疎外されること 「理想」 から見放されることである。 Nの状況が、まさにそれである。 
  このとき、人はどうするのか。 「理想」 をさらに彼方に投射するのだ。 東京から疎外されたものは、 「理想の世界」 を、さらに彼方に、つまりは外国に夢見ることになる。 「家郷 (欠如) →東京 (理想) 」 という欲望のベクトルが、一段階繰り上がり、「家郷/東京 (欠如) →外国 (理想) 」という形態をとったのである。 彼が拳銃を盗んだのは、密航用の小道具としてそれが必要だと考えたからだ。 最初の殺人は、拳銃の発見によって、密航の切実な夢が破れるのを恐れたがためになされたのだ。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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posted by Vigorous at 22:04 | TrackBack(0) | 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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