2009年02月23日

No.0295 『三島由紀夫の「約束」』

   三島の言う 「約束」 とは何か?  三島は誰に対して約束したのか? (中略) 
  1960年代は、理想の時代の黄金期である。 と同時に、この同じ時期に、理想の時代には微妙な軋みも生じている。 この点を示すのに、内田隆三の研究が役に立つ。 内田は、1960年代に、同工異曲のミステリーが次々と書かれ、それらがいずれもヒットした事実に注目している。 1961年に発表された松本清張のミステリー『砂の器』も、そのような作品のひとつである。 1960年代から1970年代中盤にかけて、ほとんどこれと同一の説話構造を有するミステリーが繰り返し書かれ、いずれも大ヒットした。 内田が挙げている他の作品は、水上勉の『飢餓海峡』と森村誠一の『人間の証明』である。 
  これらのミステリーの筋は、すべて同一の構造を共有している。 六〇年代から七〇年代序盤を生きる犯人は、いずれも、人も羨む成功を享受している。 すなわち、彼らは、 「理想の時代」 の理想に到達した勝者たちである。 だが、その成功は、過去の自分自身のアイデンティティを隠蔽する限りにおいて保障されている。 「過去」 は、戦争とその直後の混乱期に関連した事柄である。 被害者は、その 「過去」 からの訪問者である。 彼らは、いずれも善意の訪問者だが、犯人には、排除してきた過去のアイデンティティとの連続性を要求するものとして現れている。 
  こうした構成の反復が暗示しているのは、 「六〇年代」 の成功が、戦争期に対して、強い負い目や後ろめたさを感じている、ということではないだろうか。 成功は、その時期に関連するある欺瞞を前提にしてもたらされている。 「成功」 は、海岸の 「砂の器」 のように脆い、というわけである。 いい換えれば、六〇年代の繁栄は、戦争期に由来する他者に対して、返しきれない負債を負っており、果たし得ない約束を結んでいるように見えるのだ。 このことを、人々は、いわば直感的に知っていた。 これらの一連のミステリーに人々が説得力を感じたのは、このためではないだろうか。 (中略) 
  三島由紀夫が自己自身に差し向けた反復的な問い、 「約束を果たしたか」 という問い、それは誰との約束だったのか? 『憂国』 や 『英霊の聲』 のような作品を読めば、とりわけ後者を読めば、答えは自ず明らかになる。 約束の相手とは、戦争の死者、戦争で死んでいった (日本の) 兵士である。 日本という共同体の現在がそれに対して意味を有するような超越的な他者 (第三者の審級) が、敗戦の瞬間に、 「天皇のために死んでいった死者」 から 「アメリカ」 へと、素早く、気づかれることなく置き換えられた。 三島は、この置き換えの欺瞞性を問題にしているのである。 
  兵士たちは、天皇が神 (第三者の審級) であるという想定のもとで死んでいった。 死んでしまったあと、天皇が 「天皇ではなく実は人間であった」 と言ってしまえば、それはとてつもない約束違反であり、彼らの死はまったく無意味なものになってしまう。 これが三島の理論である。 
  『砂の器』 『飢餓海峡』 そして 『人間の証明』 のいずれにおいても、戦争の混乱状態に関連した他者の来訪を受ける。 彼ら来訪者は、戦死者の換喩的な代理人ではないだろうか。 リアリズムに則った小説において、戦死者が直接に現れるわけにはいかないので、彼らは、戦死者に成り代わって、理想の時代の成功者たちを糾弾しているのだ。 
大澤真幸 『不可能性の時代』





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