そのときだった。 洗面台の上の鏡の中でチャーリイが私を見つめているのに気づいたのは。 それがチャーリイで、私ではないことがどうしてわかったのかは知らない。 ぼんやりした問いかけるような表情のせいかもしれない。 目は大きく見開かれ、怯えている、まるでこちらが一言でも喋ったら、くるりと背を向けて鏡の世界の次元へ逃げこんでしまいそうだった。 しかし彼は逃げださなかった。 口を開き、顎をだらりと落として私を見つめかえすばかりだ。 (中略)
「何か欲しいんだろう。 おれのあとをつけまわして」 彼はうつむいた。 彼が見ているものを見ようと私は自分の手を見た。 「こいつを返してほしいのかい?」 ここから出でいってもらいたいんだな、そうすりゃおまえは自分のいたいところに戻れるもんな。 責めたりはしないよ。 これはおまえの体、おまえの頭だもの・・・・・それにおまえの命だもの、たとえそれを十分に生かすことができないにしてもだ。 これをおまえから取りあげる権利はおれにはない。 だれにもありゃしない。 おれの光がおまえの暗闇よりいいなんでだれに言えるかい? こんなことを喋っているおれって、いったいだれなんだ・・・・・・
ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』 (小尾芙佐訳)
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